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私家版・ユダヤ文化論 内田 樹(著)

https://booklog.jp/users/emitochio/archives/1/4166605194 このレビューで読んでみようと思った。

「陰謀史観」「反ユダヤ主義を掲げる人には「いいやつ」が多かった。」というワードに興味を惹かれた。

ユダヤ人差別は黒人差別や日本における部落差別とはまったく違ったもの。陰謀論を信じている人と共通のロジックがあるように感じる。そして、陰謀論を信じる人も「いいやつ」が多い。何かヒントがあれば面白いと思い、本を手に取った。

「はじめに」では

「問題の次数を一つ繰り上げる」

「ユダヤ人迫害には理由があると思っている人間がいることには何らかの理由がある。その理由は何か」

と期待を大きくする出だし。そして、読み進めていくにつれ内容は複雑になっていく。

特に終章では「私はこの論考を「私家版」と題したのはユダヤ人問題についてできるだけわけのわからないことを書きたいと思ったからである。」

と書いてあるだけあって複雑でなかなか理解できなかったので何度か読み返した。

著者は「ユダヤ人は反ユダヤ主義者が作り出したものである。」というフランスの哲学者「サルトル」の思想に異を唱える。(サルトルの言ってることはほとんど正しいと言った上で。)

ユダヤ系イギリス人の歴史学者「ノーマン・コーン」の著書から

「反ユダヤ主義者においてユダヤ人は〈悪しき父〉を象徴している。」

そこから「「子供」は「父」に対して「殺意」をいだく。「殺意」とそれに対する「有責感」が同時に存在するとき「悪魔」は造形される。」と言う。

それを「フロイト」の「トーテムとタブー」「原父殺害」からも考察する。

結果、著者が師と仰ぐフランスの哲学者「レヴィナス」の言い表したユダヤ教の時間意識「アナクロニズム」(時間錯誤)より「人間は不正をなしたがゆえに有責であるのではない。人間は不正を犯すより先にすでに不正について有責なのである。」と解き、

「私たち非ユダヤ人は自分には真似のできない種類の知性の運動を感知し、それが私たちのユダヤ人に対する激しい欲望を喚起し、その欲望の激しさを維持するために無意識的な殺意が道具的に要請される。」

「やはりユダヤ人が反ユダヤ主義者を作り出したのである」

としている。

この多方面かつ深い思考を読み解くのは刺激になった。(読み解けている自信はないが。)

特に「私たちは愛する人間に対してさらに強い愛を感じたいと望むときに無意識の殺意との葛藤を要請する。」「まずは愛情や欲望があり、それをさらに亢進させようと望むとき、私たちはそれと葛藤するような殺意や敵意を無意識的に呼び寄せる」という仮説はおもしろい。

「陰謀論」で何かを攻撃している人たちに、その元には「愛情」や「欲望」はないか観察してみようと思った。